トップページ > 空気と暮らしの研究所 > 工学博士・伊香賀先生が語る「暖かな住まいで健康的な暮らし」
住宅やビルの高断熱化などの温熱環境の改善は、省エネ以外にもメリットがあります。それは健康維持とその実現のためのコストです。「住宅内が寒い」と実感をお持ちの方でも住宅の温熱環境の改善を費用の関係から、後回しにされる方も多いと思います。しかしながら、温熱環境の改善が生み出す健康維持効果(コスト面)は省エネ効果と同等か、それ以上という結果があります。温熱環境を改善した場合、冬場に集中する心筋梗塞や脳卒中の発生リスクを軽減できます。このようにリスクの予防策として温熱環境の改善を検討することは、高齢期の医療費や介護費の節減など、ライフサイクル全体での収支をトータルに考えると、そのコストは決して高いものではありません。むしろ、そのコストをかけないほうが「もったいない」と言えます。
一般的な断熱工事では約100万円/戸の費用が発生します。この費用を省エネによる光熱費の削減分で相殺しようとすると、約29年かかります。これに将来の健康維持という便益を勘案すると約16年に、健康保険からの公的負担を加算すれば、約11年で回収できることがわかってきました。この健康維持効果が高断熱化の「見えない効果」として国内外で注目を集めています。
そうです。一般的な住宅では、冬場、就寝前に暖房を切ってしまうと翌朝の室温が10℃を下回ることがあります。私たちの研究では、朝の室温が10℃下がると起床時血圧が平均4.3mmHg上がることが分かっています。また、住宅の温熱環境を改善し、暖かな部屋で目覚めるようにすると、逆に起床時血圧が下がることも分かってきました。 実際、戸建て住宅の温熱環境を改善されたお宅では、起床時に8℃だった朝の平均室温を20℃まで改善し、その結果起床時血圧が12mmHg下がりました。この方は、住宅を改善する前は高血圧と診断されていましたが、改善を機に血圧が正常範囲内に収まるようになり、日常生活が楽になったとお話されていました。
人の活動量は部屋の温度差に左右されることが分かっています。室温は「いつでも」、そして「どこでも」暖かいことが大切なのです。例えば、一日を通して常に暖かい部屋と、昼間に比べて朝には気温が10℃下がる部屋とを比べた場合、温度差がある部屋にいた人の活動量が減ることが分かっています。また、居間と廊下、居間とトイレの温度差がある場合も活動量が減少し、居間を出る機会が減っていると想定できます。 このように、冬場にありがちな運動不足は、住まいの温熱環境の改善で解決できる課題です。しかも、全館空調システムなどの空調設備を導入することで、住まいの温度差を減らし、運動不足のさらなる改善にも効果的です。
日本では重要視されていない住宅の高断熱化や全館空調システムですが、世界的にみると、疾病予防・介護予防に欠かせないとして注目を集めています。
温熱環境の研究が進む英国では、冬期の室内温度21℃を推奨していますが、一方で日本の一般的な住宅の冬期室温は10℃前後です。この室温は、英国では血圧上昇や心臓血管疾患のリスクが指摘されている数値なのです。
このように、日本の室温に対する考え方は、海外と比べて非常に遅れています。まずは劣悪な温熱環境で暮らすことのリスクを自覚し、対策を打つことが重要です。例えば、段差をなくすバリアフリーを検討する感覚で、居間とトイレの温度差を減らす室温のバリアフリーも検討してはいかがでしょうか。